そもそも『中干し』の全てが悪いわけではありません。土に微妙なひびが入っていくことは土中の奥深くまで新鮮な水が常に供給されやすく、『根さえ切られずに生きていれば』良いことなのです。
逆に粘土質のきつい田などで中途半端にひびが全くできない程度の干し方をくり返すと、変に土が締まってしまい、深層部に水が全く行き届かなくなり、酸素等の供給もできず、酸欠で菌や微生物も活動できなくなり『土が変に腐った』ようになります(耕した際に黒変してしまっています)。
これでは深く伸びた根も台無しです。『良い中干し』がちゃんとできるなら、した方が良い場合もあるのです。なので昔から実施されているのだと思います。
ただこの良い状態を確実に作り出すことが難しいため、『無難に美味しいものを作りたいなら中干ししない』という判断をされるこだわりの生産者様もおられるのかと思います。
当家ではこれらの『課題を一気に全て解決する』ため『こだわり⑦』の条空けの植え方をここでも活用して『溝切り』を実施しています。『せっかく伸び広がった根を痛めず』に、かつ『中干しの良い所』を取り入れ、深層部の根に理想的な水の供給路を確保してやるのです。
まず『ひびが根を切るシステム』を考えてみます。根は細かく広がって毛細根などへの枝分かれなどもあって土を結構しっかりと掴んでいます。例えば1株だけ離れた所にぽつんと植わっている場合、株の周りには丸く円を描くようにひびができます。土の体積が収縮する際に、土がまだ軟らかいうちは株が土を自分の方に引き寄せるのです。
でも『株が密集』してくると、株間の土を互いが引き寄せようと取り合いをします。そのうち『勝負は引き分け』となり、両者の真ん中あたりに亀裂ができます。激しい中干しでは収縮が大きく、引っ張り過ぎて亀裂部分の根が切れます。
そもそも『株が密集』している場合、お互いの根はお互いの領域に深く絡み合って入り込んでいるため、両者の真ん中で切られると『双方共に大きな痛手を負う』ことになってしまうのです。
そこで当家では『こだわり⑦』で『植え付けをしなかった、条空け部分』をうまく活用し、この部分に大きな溝(及びひび)を構築します。『条空け部分』はいわば株と株の間ですが、『1条分丸ごと空いている』ので株の間隔は相当広く、この時点ではまだほとんど根の絡み合いはありません。作業としてはここに『溝切り』を施します。『溝切り』は『溝堀り』ではありません。土を取り除くのでは無いのです。
水気が少なくなった田んぼのまだ軟らかい土を、V字型の器具で左右に押し出し(というか押し広げ)ていき、地面に15センチほどの深さのV字のくぼみを作っていきます。この筋が、ひびの元になる『いわばミシン目』のようなものです。日が経つにつれ稲の根は土をお互いの方に引き寄せていきます。
その時、V字のくぼみ部分には根の絡み合いがほとんど無いので、他の部分よりも相当早く、わずか数日で簡単に『大きなひび割れ』ができていきます。この時点では『条空け部分』以外の通常植えの4条部分には、まだ根を切るような激しいひびはできません。このタイミングで『中干し』を終了させるのです。
こうして田の中にできた、この深くしっかりとした水路は当家にとってとても重要な仕事をしてくれます。
この章の最初に『溝切り』とは、通常『田の排水能力を良くする為の溝を作っていく作業』と説明をしましたが、当家の溝はそれだけのためのものではありません。『田の排水能力を良くする為』だけなら1枚の田に1本か2本もあればよいのです。
当家の溝は、まず縦方向に『こだわり⑦』で植え付けをしなかった『条空け部分』の全てと田の両端、そして横方向は両端を含めた4本を切ります。これは大変な量で『10a当たり10本以上』となり、
耕作地全域で実に約『600本』の溝を切ります。
『1本の溝を切ることでさえ大変な重労働』で切らない農家が多いという状況の中で、真夏猛暑の中『600本』の溝切りはもう『正気の沙汰では無い』行動です。まさに『何かにとりつかれたように、無我夢中に』作業を進めないとできません。日中の作業では何度も熱中症になり、気が遠くなってしまうこともしょっちゅうです。『1本切っては休み、また1本切っては休み・・・』本当の地獄です。それでも疲れて手を休めては間に合わなくなります。
ついには、『夜を徹しての作業に踏み切る』こともしょっちゅうです。夜は気温は低いのですが、頭につけたライトに虫たちが無数に集まり、養蜂用のネットのような服装で全身を被わないと異常な数の虫にたかられて息もできません。その服装ゆえにやはり汗だくの過酷な作業となります。
なんでそこまでするの?
それは、この『溝』が、本当に素晴らしい働きをするからです。
次回はこの『溝』のすばらしさについてお話させていただきます。
『籾』(もみ)… お米の周りにまだ硬いからがついた状態の粒のことです。
『籾殻』(もみがら)…籾の周りの「から」の部分のことです。
『玄米』(げんまい)…籾から籾殻を取り除いた状態の米粒のことです。
『精米』(せいまい)…玄米の周りにある薄皮部や胚芽などを取り除く作業のことです。
『糠』(ぬか)…玄米(本当は穀物全般)を精米した際に取り除かれて出てきた、薄皮や胚芽の粉。
『白米』(はくまい)…玄米を精米し、糠や胚芽が取り除かれた白い米粒のことです。
精米して出来た白米のことを、単に『精米』又は『精白米』と呼ぶこともあります。
『穂(稲穂)』(ほ/いなほ)…稲の花が咲き(そのうち写真で紹介します)
その後『籾』になったものが房のようにいくつも連なって付いているものです。
ブドウ(巨峰のような)と比べてみると、『房』→『稲穂』、『一粒』→『籾』、『外の皮』→『籾殻』、『皮をむいた中身』(果肉の周りに紫っぽい部分がついている)→『玄米』、『果肉の内側』(薄緑の部分)→『白米』といった感じです。あくまでも個人的イメージです。
『刈り旬』(かりしゅん)… ちょうど良い刈り頃のことです。
『刈り遅れ』(かりおくれ)…「刈り旬」を逃して刈る時期が遅れてしまった状態のことです。
『登熟』(とうじゅく)…本来しっかりと熟した「完熟」に向け熟していく過程のことですが、「完熟した状態」を「しっかり登熟した状態」のように、完熟と同義語的ニュアンスで使用することもあります。
こだわり⑧ 均一で健全な成育を可能にする、究極の溝切り の先頭に戻る